大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)25号 判決 1964年3月23日

控訴人 川原村重

被控訴人 香焼町

主文

原判決を取消す。

東京地方裁判所が同庁昭和三五年(ヨ)第三五一四号仮処分申請事件について同年六月八日に為した仮処分決定を取消す。

被控訴人の本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに疎明の関係は、被控訴代理人が「被控訴人は昭和三六年一一月三日『香焼村』から『香焼町』になつた。」と述べ、控訴代理人がこれを認めたほか、すべて原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

理由

左記の事実即ち

(1)  川南工業が昭和二二年九月二五日天野春一からその所有にかかる本件土地を買受けて所有権を取得しこれを才川元二に転売し昭和二三年一月三一日中間登記を省略し天野より才川に直接に所有権移転登記をしたが、その後昭和二三年六月末頃川南工業と才川は、同人等の間の本件土地売買契約を合意解除したこと。

(2)  川南工業が昭和二七年才川元二の破産管財人を被告として長崎地方裁判所に対し本件土地所有権確認等の訴を提起し、これが同裁判所昭和二八年(ワ)第三八号事件として繋属し、昭和二九年一二月二二日原告川南工業勝訴の判決(以下これを三八号判決と略称)が下され右判決は昭和三〇年一月八日確定したこと。

(3)  昭和三〇年当時被控訴人(当時は香焼村)は川南工業に対してその主張の如き滞納村税債権を有していたこと。

(4)  右三八号判決の確定後も本件土地の登記は依然として才川の所有名義のままになつていたので川南工業に対し前記村税債権を有する被控訴人は川南工業に代位して才川を被告として長崎地方裁判所に対し本件土地についての所有権移転登記手続請求の訴を提起し、これが同裁判所昭和三〇年(ワ)第三八九号事件として繋属し、右訴訟については原告たる被控訴人の勝訴判決(以下これを三八九号判決と略称)が下され、右判決は昭和三〇年一〇月二二日確定したこと。

(5)  そこで被控訴人は右確定判決を登記原因として川南工業に代位して昭和三〇年一二月一五日東京法務局麹町出張所受付第一六一四五号を以つて本件土地につき川南工業のため所有権移転登記(順位十一番以下これを十一番所有権移転登記と略称)を了したこと。

(6)  右同日被控訴人は同出張所受付第一六一四六号により前記村税債権の滞納処分による差押の登記(順位十二番、以下これを本件差押登記と略称)を経たこと。

(7)  しかるところ控訴人は、川南工業及び才川を共同被告として東京地方裁判所に対し、本件土地につき不動産所有権確認等請求の訴を提起し、これが同裁判所昭和三四年(ワ)第九八八九号事件として繋属し、右訴訟については、「(イ)本件土地は原告(本件控訴人)の所有たることを確認する。(ロ)被告川南工業は本件土地につき為された前記十一番所有権移転登記の原因無効による抹消登記手続を為せ。(ハ)被告才川元二は被告川南工業に対し本件土地につき前記三八号判決による所有権移転登記手続を為せ。(ニ)被告川南工業は原告(本件控訴人)に対し本件土地につき昭和三〇年一月一日の代物弁済による所有権移転登記手続を為せ。」との趣旨の主文による控訴人勝訴の判決(以下これを九八八九号判決と略称)が下され、右判決は昭和三五年四月二一日に確定したこと。

(8)  そこで控訴人は右確定判決主文(ロ)乃至(ニ)を登記原因とし、右(ロ)及び(ニ)の部分については川南工業を代位して、東京法務局文京出張所に対し登記申請をしたこと。

(9)  前項の登記申請中前記九八八九号判決主文(ロ)による十一番所有権移転登記の申請については右登記の抹消についての被控訴人の承諾書又はこれに対抗し得べき裁判の謄本が添付されず右登記抹消ついて被控訴人が承諾を与えた事実はないこと。

(10)  しかるところ(8) の登記申請の結果東京法務局文京出張所の登記官吏は本件土地につき昭和三五年五月二日受付第六〇四八号を以つて十一番所有権移転登記の抹消登記(順位十八番、以下これを本件抹消登記と略称)、同日受付第六〇四九号を以つて才川元二から川南工業への所有権移転登記(順位二十一番)及び同日受付第六〇五〇号を以つて川南工業から控訴人への所有権移転登記(順位二十二番、以下これを二十二番所有権移転登記と略称)を順次に為したこと。

(11)  そこで被控訴人は川南工業に代位して控訴人を債務者として東京地方裁判所に対して本件仮処分申請を為し、これによつて繋属した同庁昭和三五年(ヨ)第三五一四号事件につき同裁判所は同年六月八日債務者(本件控訴人)はその所有名義の本件土地について譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない旨の仮処分決定を為したこと。

以上の一連の事実中(1) (2) (4) 乃至(8) 及び(10)の事実はいずれも当事者間に争なく、(3) の事実は、その方式及び趣旨により真正の成立を認め得る甲第六号証の記載及び弁論の全趣旨により又(9) の事実は成立に争のない甲第三号証の記載と弁論の全趣旨によりそれぞれ疎明せられ、(11)の事実は本件記録によつて明らかである。

そこで前段認定の事実関係のもとにおける法律関係について考察する。先ず(1) の事実によれば本件土地は昭和二三年六月末頃(1) の末尾記載の川南工業と才川との間の売買契約合意解除により川南工業の所有に復帰したものと認むべきである。而してその後(2) 乃至(5) の如き経過によつて十一番所有権移転登記が為されたことにより川南工業は登記簿上も本件土地の所有名義人となつたわけであるが、右登記の原因となつた前記三八九号判決が仮に控訴人主張の如く訴訟手続の中断中に結審して下されたものであるとしても、右判決は確定したのであるから当然に無効ではなく(なおかかる判断を為すことは右判決後に為された前記九八八九号判決主文(ロ)の既判力に牴触するものではなく、却つて前記九八八九号判決主文(ロ)こそ前記三八九号判決の既判力に牴触した当事者の主張に基づいて為されたものである。)而も十一番所有権移転登記は本件土地所有権移転の実態に符合したものであるからそれが登記として有効に為されたものであることは勿論である。さて、その後被控訴人は(6) 判示の如く本件差押登記を経たわけであるが、当時既に控訴人が川南工業から本件土地の所有権移転を受けていたとしても、いまだ登記を経ていなかつたのであるから、本件差押登記を経ることにより被控訴人は控訴人に対し右差押登記によつて公示される差押を対抗し得るに至つたことは勿論其の後前記十一番所有権移転登記の抹消登記が申請される場合は、不動産登記法第一四六条第一項に所謂「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」に該ることになつたものと云わなければならない。蓋し右条項に所謂「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」とは、登記の形式上損害を被る虞れありと認められる第三者を指すものであつて、この見地から本件被控訴人の如く抹消申請の目的となる所有権移転登記に基づいて税金債権の滞納処分による差押の登記を経ている者は仮令国であれ公共団体であれ抹消に因り差押の登記の基礎を失う点より考え、右第三者に該当すること明かだからである。されば十一番所有権移転登記の抹消申請を為す場合は前記条項の適用により利害関係人たる被控訴人の承諾書又はこれに対抗することを得べき裁判の謄本を添附すべきであつたことは明らかであり、この点は右所有権移転登記の抹消登記申請の原因を証する書面が判決であつても、該判決が右第三者の承諾の存否を確定している場合は格別、本件における九八八九号判決の如く、然らざる以上何等結論を異にするものではない。しかるに(7) 及び(8) の事実認定の如き経過で為された十一番所有権移転登記の抹消登記の申請には、右抹消についての被控訴人の承諾書又はこれに対抗することを得べき裁判の謄本の添付のなかつたこと(9) 認定のとおりであるから登記官吏としては不動産登記法第四九条第八号に則り右抹消登記申請を却下すべきであつたと云わなければならない。しかるに登記官吏は(10)判示の如く右申請を受理して本件抹消登記をしてしまつたのであつて、これは明らかに登記官吏の過誤に因るものと謂はざるを得ない。ところで被控訴人は十一番所有権移転登記が抹消されてしまつた以上右移転登記に基づいている本件差押登記は不動産登記法第一四七条第二項の適用により早晩登記官吏の職権による抹消を免れない運命にあると主張する。しかしながら、若し右主張の如く登記官吏が過誤に因つて登記を抹消した場合にもなお同法第一四七条第二項を適用すべしとするときは登記官吏に対し過誤の上に過誤を重ねるべきことを要求することになる点及び登記官吏の過誤に因つて抹消された登記の抹消回復登記が為される場合、右過誤に伴つて不動産登記法第一四七条第二項による職権の抹消も為されていたとしても斯る場合登記官吏は此の部分につき職権によつて抹消回復登記を為すべしと定めた規定の不動産登記法上存しない点を併せ考慮すると、同法第一四七条第二項に謂う「前項ノ場合」即ち同条第一項によつて登記を抹消する場合とは、登記官吏が適法に登記を抹消する場合に限られ、本件におけるが如く登記官吏が過誤によつて不動産登記法第一四七条第一項により登記を抹消した場合はこれに含まれないと解すべきである。従つて登記官吏が右過誤を同条第一項の限度にとどめ被控訴人の差押登記を依然存続せしめている本件に於いては登記官吏は右差押登記を職権によつて抹消することは許されないものと解すべきである。されば被控訴人の前記主張は採り得ない。而して本件抹消登記即ち十一番所有権移転登記の抹消登記の申請については単に右抹消についての被控訴人の承諾書又はこれに対抗し得べき裁判の謄本の添付がなかつたのみならず、それについての被控訴人の承諾そのものがなかつたことは(9) の末尾に判示したとおりであり、不動産登記法第一四六条第一項に所謂「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」の存在する場合には抹消登記の申請に右第三者の承諾の存在することは原則として当該抹消登記の有効要件と解すべく、これを欠如するときは当該抹消登記は無効と認むべきであるから被控訴人の前記承諾なしに為された本件抹消登記は無効のものと認めざるを得ない。従つて十一番所有権移転登記は本件抹消登記によつて抹消されたとしても、川南工業の所有権取得を公示する登記としての効力を失つたものではないと云うべく、又本件差押登記は現に存続しているのであり、これによつて公示された一個の行政処分としての差押は前記抹消登記によつて無効になつたものと認め得ないことは勿論であるから本件差押登記は右差押を公示する登記として有効に存続しているものと認むべきである。

以上説示のとおりであるから控訴人が今後本件不動産を処分することがあるとしても、控訴人からこれを取得する第三者又はその承継人は被控訴人の前記差押に対しては控訴人と同様対抗し得ないものであり、従つて被控訴人が本件土地に対し前記滞納処分の執行を為すについて法律上の支障を来たすものとは認め難い。尤も既に認定の如く本件差押の基礎たる所有権取得登記が形式上抹消されていることを理由に、今後控訴人乃至その承継人から右差押の効力を争う訴が提起される等の事実の起り得ることは想像されないではないが、本件に顕われた全疎明資料によるも現在被控訴人が法律上右滞納処分の執行を為し得ない事情のあることは認め得ないから右の如き事実が予想されないではないからといつて本段冒頭に示した判断を左右することはできない。

以上の通りであるから、被控訴人は川南工業に対する滞納税金債権者としてその債権保全のため川南工業が十一番所有権移転登記の抹消回復登記の申請を為すにつき、現に二十二番所有権移転登記の名義人たる控訴人を不動産登記法第六七条に謂う「登記上利害ノ関係ヲ有スル第三者」に当るとして控訴人に対しその承諾を求める権利ありとし、川南工業に代位して右請求権を行使する法律上の利益を有しないものと云うべきである。即ち被控訴人は川南工業を代位してその主張の如き本案請求を為す利益がないのであるから、被控訴人は本案の訴訟追行を為す権限なしと謂うべく従つて被控訴人の本件仮処分申請は、じ余の判断を俟つまでもなく不適法としてこれを却下すべきである。(なお、本件の場合仮に被控訴人が直接に自己の権利として、川南工業のために才川に対して本件抹消登記の回復登記手続請求をすること乃至控訴人に対して右回復登記申請を為すについての承諾を求めることが出来るとしても、被控訴人の本件仮処分申請についてはその利益のないこと既に説示したところと同様である。)

よつて民事訴訟法第三八六条を適用して原判決を取消したうえ前記仮処分決定をも取消し、訴訟費用の負担につき同法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木忠一 菊地庚子三 宮崎富哉)

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